後ろを歩く人たちのために

確か2〜3週間前の新聞にこんなコラムを見つけた。私にはまずタイトル「向き合う」というのが目を引いたのだが、それよりも冒頭の文章に心を打たれた。

 

「人生で躓きそうな石を見つけたら拾いなさい。1年後または5年後、あなたの後を歩く人は石があったことも知らないし、あなたに感謝することもない。それでも拾うのが先人の務めです」

 

朝刊なので朝からぐっと感動し、全部読んで身が引き締まった。そして、私はどんな石を拾えるだろうか?と考えた。ちょうど新しいHP制作で自分と向き合っている真っ最中だったのでよい機会だった。

 

実は今日もあったが、たまに突然はじめての方からお電話をいただく。どこかで私の書いている何かを見つけてココだ!とばかりにかけて来られる。聞けばカラダの何かしらの痛みや不具合で困っておられ、いろんなところで治療を受けているけど変わらず、何かこの問題を解決する場所はないかと探していたら見つけました!というのがお決まりのパターン。いやはや、ありがたく光栄ではあるのだが。

 

そんな人たちはいろんな場所でカラダを診てもらい、さまざまなことを言われ施術を受けて来られる。正直、ん???と思うこともよくある。それが医師の診断であると耳を疑うこともある。この新聞記事を読んだ時、私は改めて「診断」って何だろう?と深く考えていた。そもそもこの世界で法的に診断というものをしてよいのは医師だけで、我々のような職業の者には許されていない。だが、EBMいわゆるエビデンス・ベイスド・メディスンの世界で生きていたトレーナー時代には、それが何なのかきっちり見極めることは絶対不可欠のスキルであり、それを以ってして施術にあたるべきもの!というのが私の揺るがぬポリシーだった。

 

今になって思えば随分と傲慢な話だ。そもそも人のカラダに起きているすべての不具合がわかるはずもない。もちろん、それが教科書通りの機序に従って起こる痛みで、私が知っている方法で改善することも少なくない。けれども、人のカラダはそんなに単純ではない。今日のお電話の方など、普通では出ないような症状が多岐に渡る。そんな時はやっぱり病院に行き、いろんな検査も受けるだろう。では、医師がすべてを解明してくれるのか?

 

あるところで医師の病状説明や診断に対するアンケートがあった。6割超の医師は自分の診断や説明に自信があるそうだ。ただ、この数字どうだろう?4割は自信がないということ。理由なども細かに出ていたが、自信がない理由の第1位は経験・知識不足だった。ついでに第2位は、時間が足りないだとか。

 

現代西洋医学は、絶対に目に見えるものしか扱わないのですべてがわかる筈もない。そもそも人体の解明すら道半ばなのに、いま見えているものだけで診断を下せる筈もない。腰痛の7割以上は心因性のものであるということを世界に遅れて認めるのに随分と時間がかかったこの国で、いつまで医療は病院が絶対であり続けるのだろう?

 

世の中には代替医療という言葉もあるが、私は今やその括りにも入らなくていいかなと思っている。じゃあ何だ?と聞かれたら何でしょう?わかりません!って言うか、あまりそこに興味がありません。それよりも、こんなのがあったよ、こんな人もいたよ、と誰かの目に触れる機会を増やし、こんな風にカラダを見る場所もあるんだと知ってもらえたらと思う。それが後ろを歩く誰かのためになればうれしい。

 

 

カラダ・知る・ジム BODY TIPS

コンディショニングトレーナー 

亀田圭一